| 解説 |
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PUBLOSTARにとって実に約2年ぶりのセカンドアルバム。通常のペーストして考えた時、このブランクは結構大きい。だが彼らもただ手を拱いてこの2年間を過ごしてきたのではなかった。
彼らがじっくりと取り組んできたのは、ライブそのものだった。
ライブというのは言葉でいうと簡単な響きだし、実際どんなバンドでも簡単に行っている。だからそこにそんなに力を入れなくてもイイじゃないかという声も聞こえてきそうだ。だが、彼らはライブにこだわった。それはなぜか?本当の気持ちの奥まで他人が知ることは出来ないが、側で見てきた僕が思うに、彼らは作品と自分達の距離を縮めたかったのではないか。
PUBLOSTARの音楽を聴いた人は、彼らのことをポップロックバンドだと言う。それは間違っていない、正統な評価である。僕もその通りだと思っている。だが、彼らが目指そうとしている、表現しようとしている音楽というのは、ポップロックという言葉でくくってしまうと微妙な誤解を産むのである。
どういうことかというと、彼らは、熱いのだ。人柄は非常にジェントルだし、発する言葉もやさしく、寡黙である。しかし、その表面的なものに騙されてはいけない。彼ら自身、騙そうなんてしていないのだ。だが、彼らが持っている常識や理性が、奥に秘めた熱いものを覆い隠す。単なるロックバンドなら、その改善は簡単だ。激しく叫び、吠えればいい。だが彼らの指向する音楽は基本的にポップなのだから、きちんと仕上げようとすればするほど、熱さは表に出てき難くなってしまう。だが、熱いものは熱いのだ。それが表に出てこないとすれば、それはまだまだ修行が足りないということなのかもしれない。
そのことに、彼らはトライしたのだ。楽譜の通りに演奏をする。それは機械でも出来ることだ。音程を外さずに歌う。それも普通の人が日夜カラオケボックスで実現していること。もちろんそれは最低限度必要なことだが、人を感動させるということはそれだけですまされない。言外の何か、小説でいう「行間」のようなものを表現し切れないと、他人を感動させることなんて出来ないのである。料理人が本に載っているレシピ通りに作ってみたところで、1年目の新人コックとその道20年のベテランコックの作るものには雲泥の開きがある。なぜなら、そこには経験に裏打ちされた技とノウハウがあるからだ。簡単に分量や時間を書いたレシピなどでは絶対に再現出来ないもの。それが人を感動させる秘訣なのである。
だから、それを得ようともがいた。西へ東へ北へ南へと、全国を巡ってライブをした。メンバーよりも少ない客席の日もあった。見知らぬ人たちに無視された日もあった。しかしそんな完全アウェイの舞台で、満場のお客さんからの拍手を得られるようになってきた。
経験だ。その中で、自己の表現がナチュラルに、そして一段高いグレードへと進化したのである。
彼らにとって、これはセカンドアルバムである。しかし、まったく別物と言ってもいい。音はやさしく、なめらかに、ポップという言葉がふさわしいポピュラリティを持った仕上がりになった。別にレコーディングに金をかけたわけではない。むしろ手作り感覚の中で録音していったので、音のキレイさという点ではむしろ粗いものといえるかもしれない。だが、耳が聞くのは音の粗さであっても、心が聴くのはその中に込められた魂だ。音響マニアたちが作るだろうキレイな音とは対極にある、そういう音だ。ほとんどのバンドはそのことに気付かない。お金をかけて機材を使えばいいものが出来ると思っている。だが、その落とし穴にほとんどがハマり、駄作を累々と積み重ねていってしまう。だからこそ、今回のPUBLOSTARのアルバム「ナポリタンポップ」の価値があるわけである。
心に響く熱いポップロック。何度でも重ねて聴きたくなるような音楽を探している人に、ぜひ届けたい1枚となった。
キラキラレコード、大島栄二
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01.
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