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アーチスト:林矢子
品番:KRCL-95 税抜定価:2400円 発売日:2006/10/21
ジャンル:アコースティックレトロシンガー

曲目
01.
02.
03.
04.
05.

楽園ワルツ
ときめき
海あかり
星座

06.
07.

08.
09.
10.

青のかたみ

花を飾る
ねがい
感覚の夜

解説

「優しい音楽とは何か?」
  〜優しいものほど配慮に溢れている、そんな音楽〜

 林矢子。はやしなおこと読む。本人と話をした時に「最初からちゃんと呼ばれたことがほとんどない」ということを聞いた。なるほどそうかもしれないなと思った。
 僕自身は比較的単純な名前なので読み間違いをされることはほとんど無い。だが、本当は「栄二」なのに「英二」と書かれることは少なくない。名前を間違われるというのは、相手に悪意がないということは十分判っているにも関わらず、いい気はしない。そういうときだ、人はどういう時に嫌な思いをするのかということを実感するのは。そういうことを経験して、自分が嫌だと思うことを他人にはするまいと思うようになる。そういう経験の積み重ねがあるかないかが、優しい人に成れるかどうかの分かれ目なのだろうと思う。
 林矢子の音楽は、レトロだとか言われたりする。使用する楽器や表現方法でいえばレトロという言葉が適切なのだろうと思う。だが、僕らはジャンルで音楽を聴くわけではない。少なくとも僕はそうだ。じゃあなんで聴くのかというと、その音楽が持つ性質とか、価値というものに従って聴こうと思うのだ。そういう観点で見た場合、林矢子の音楽を聴く価値は何かというと、それは優しい音楽だということだと思うのである。
 「優しい音楽」というとなんか簡単な批評だなと思われるかもしれない。ここ数年流行りの「癒し音楽」とかいうものの一形態だといえば、それを否定する人もいないと思うし、分かりやすくて簡単だと僕自身思う。だが、今回ここで解説したいのはそういう雰囲気的なものではないのだ。なぜ彼女の音楽を優しいと感じるのかということ。例えば同じ楽器を使えば同じ優しさが再現できるのだろうかというとそんなことはないし、昭和風のレトロな音楽は全部優しいなんていうことも嘘でしかない。レトロであろうと、静かめの楽器を使っていようと、優しくなるためには別の要素が加わる必要があるのだ。ではそれはなんなのだろうか?林矢子の音楽にはそれが本当にあるのだろうか?
 彼女の音楽に備わっているのは「配慮」だと思うのである。 最終的には皆さん自身で聴いてもらって判断してもらうべきなので、端的な例をいくつか挙げるだけにしたいが、3曲目の「ときめき」。この曲には不思議なリズムが流れている。私は音楽理論の専門科ではないので多少理論的な間違いはあるかもしれないし、その批判を恐れずにいうと、このリズムは変である。単純な4拍子とか3拍子というリズムではない。3+3+2というビートの刻み方で進行するこの曲は、4拍子にしてはワルツっぽいし、ワルツかと思うと足りない違和感に襲われるし、そのためか、聴いていてリスナーは
非常に不安な気持ちになってしまうのである。その不安さの中に身体を置かされることによって、僕らは安定を強く求めるようになる。だからそこに彼女のやわらかな声や、レトロと呼ばれるような音色や演奏が加わることによって、不安定になっているリスナーの心は一層の安定を感じられるのである。それは小説などの技法として「伏線」というものがあるが、あるクライマックスでの驚きや感動を生むために、事前にそのクライマックスを構成する要素を準備して登場させたりするのであるが、そういうことは音楽でも可能で、この変拍子による不安感と、そこから生まれるギャップというものは、まさに伏線とクライマックスの関係にあるのではないかと思うのである。
 あえて伏線をはるというのは、それは策略かと曲解する人もいるかもしれないが、それがサプライズであり、エンターテイメントなのである。誕生日に内緒でパーティーを準備しておくというのは、予定調和以上の感動を起こしたいからであり、それを策略というマイナスイメージの言葉で語る人はいないだろう。同じようにそういう仕掛けを施すということは、けっして策略などではなく、人の気持ちに配慮する彼女の、リスナーに対する配慮なのだろうと思うのである。
 林矢子という名前から生まれる影響が直接あったかどうかなんて判らない。あったとしても、本人が意識しないこともあるだろう。だが、何度も読み間違えられてきたという経験から、彼女が人の痛みをよく理解する人になったとしても不思議ではないし、もちろんそれ以外に僕なんかが知り得ない様々な体験から生まれた彼女のキャラクターがあって、その中で彼女の音楽が生まれたというのは間違いないことである。そして出来上がった音楽がとても優しい音楽になったというのはとても興味深い事実だろうと思うのである。
 そもそも、他人のことを優しいと感じる時は、普通はそんなことはしてくれないよなということをやってくれる人がいた場合くらいである。しかもそれがこれ見よがしに「やってあげたでしょ」的な行為だと、押し付けがましい感じで嫌になるのだが、それが本当にさり気なく、自己主張することなしに気付いたらやってくれていたという行為だったら、ああ、ありがとうと、感謝さえしたくなったりするのだ。僕はそういうのを「直接の行為」にプラスした「相手の心を気づかう配慮」として、尊ぶし、感謝したりするのである。
  そういう意味で、彼女の音楽は優しいのだ。しかも優しい音楽を、なんとなく雰囲気で作ったというのとは違い、彼女ならではの「配慮」を積み重ね、高度に紡いでいるのである。その結果のこのアルバムを聴くということは、ただ単に音楽を聴くという体験を超えた、ある種の知性に触れるということなのではないかと思ったりするのである。もちろんそんなこ難しいことなど考えなくても十分に楽しめて、心癒されるアルバムだと思うし、巷に溢れる「癒し系」音楽にうんざりしている人にとっても、別の観点でも楽しむことのできる深さを持った1枚になっていると、お勧めしたいのである。


キラキラレコード、大島栄二