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アーチスト:天空快
品番:KRCL-105 税抜定価:2400円 発売日:2007/6/21
ジャンル:Rock,Pop

曲目
01.
02.
03.
04.
05.

オレンジ
コート
自虐の詩
タイムマシン
海だった頃へゆく

06.
07.
08.
09.
10.

月に口笛
日曜日

ウォーキング猫
バンド辞めます。

解説

「さらなる高みへ」
  〜売れているが、もっともっと目標は高く〜
  〜リスナーの期待に応えるためのエスカレーション〜

 キラキラレコードは、強いて言えばタイガーマスクの虎の穴だ。それは一度千尋の谷に突き落とされ、そこから這い上がったミュージシャンだけが次の世界に移ることができるという点をもって、そう言いたいと思っているのだ。
 だが、それはここが特別な場所だということではない。世の中というのは大なり小なりそういう宿命に曝されている。ただ日本という社会は適当にやっていてもなかなか飢え死ぬことができない。なんとなく底辺の人生くらいなら送れるし、日本での底辺生活は、他の国の普通の生活よりも恵まれていたりするから、自分が底辺にいることに気付かなかったりするのだ。ミュージシャンもまた然り。ライブをやるくらいのことは誰だってできる。CD-Rをチマチマ作って「俺たちついにCD発売しました〜」なんてことを喋ったって、観客は友達だから拍手とかしてくれる。それで、なんかうかれてしまう。その延長線上の未来ってなんなんだろう? それは、40代後半にもなってまだロックスターを夢見るフリーターである。しかし、それではまったく遅いし、人生そのものが取り返しがつかないことになってしまうのである。
 天空快。僕と出会ったのは2003年のことである。そのころは上記のような、なんとなく仕事をしながら、中途半端にライブをやっているだけのアマチュアミュージシャンだった。でも、光るものはあった。才能というものは霞のようなもので、確かに存在するものの、よほど注意していなければすぐに消えてしまう。彼にしてももしあのままでいたのであれば可能性などまったくなかったのだろう。
 でも、彼は変わった。小さな目標に怯えて、リスクを回避するだけのアマチュアが、リスクを覚悟して目標への再短距離をどうやって進むのかを考えるようになった。リスクを覚悟するということは、なにも諦めるということではない。むしろ、そのリスクをなんとか回避しなければというプレッシャーの中で、持てる力を最大限に出し、すべての知恵を絞りに絞って動こうとする。作品作りの上でも、真に価値のある音楽を作ろうと必死になるのだ。僕らリスナーは、そういう力が傾けられた作品に接することでしか感動など出来ない。その姿はスキーの直滑降みたいなものだと思う。スピードが恐くて、転ぶのが恐くて、だから広いゲレンデを斜めにボーゲンとかしてしまうだろう。だが、それではタイムは縮まらない。どこかで恐怖を克服し、足を揃え、一番角度がついた厳しい傾斜を選び、真直ぐに降りていかなければならないのである。そういう姿に人は感動するのだと思う。

 そうやって、今回の小松菜に到着したのだ。この作品にはいろいろな要素が詰まっている。短い時間で作り、ミーティングを重ねて変化していった曲(「オレンジ」「月に口笛」等)や、8年前の社会人兼アマチュアミュージシャンだった頃にその才を垣間見せていた曲(「ウォーキング猫」「自虐の詩」等)、いろいろとある。インタビューしてもらったロッキングオンジャパンではアーチストと曲の中の主人公とリスナーの視点の違いと共通点という視点でアルバムを解説してくれていて、それはロックジャーナリズムとして正当な切り取り方だなと感心したが、僕はまったく無名の頃の彼から見続けてきている立場から、彼が将来必ず到達するであろうもっともっと高い場所にたった場合に、はたして今という時点はどういうものなんだろうかという視点で見たいのである。それはつまり、今だから理解出来る2枚目の頃の活動と成果と悩み。それを、6枚目とか、あるいはメジャーデビューしてしまった後に今を降り返るとしたら、それはどのような見え方になるのだろうかということである。

 キラキラレコードは、いうならば音楽虎の穴である。その中に今いるものたちの中で、天空快はもっともいいポジションにいるといえるだろう。だがそれは決して楽しているのではない。他のミュージシャンたちよりも多く露出したり、売れたりしている分、天空快は一番大変な、ある意味きつい思いをしているといえるだろう。例えばこの夏、天空快は30ケ所の全国ツアーを予定している。その行程には移動費等でン十万かかってしまう。別にキラキラから予算が降りているわけではないのに。しかもそのツアーをしている間、彼は一切のバイトが出来ない。つまりお金もかかり、しかも稼ぎも激減してしまうというダブルパンチを受けてしまうのだ。でも、それでも彼はへこたれることはない。むしろ夏のツアーは30ケ所にしたいと言ったのは他ならぬ天空快自身なのである。最初にオムニバスに参加する時に「ノルマは辛いんですよ」と言って尻込みしていた天空快が、今や自らより過酷な状況にポンポンと身を投じようとしている。
 それこそが、なによりも彼の成長なのだと思う。
 音楽をやるものが世間ズレしていいということはないのだ。普通の人の感情が判らない者に共感を呼ぶ曲など書けるわけがない。音楽人生とともに、普通人の暮らしもある。だから、音楽の才能はそれだけで独立するのではなく、普通に「頑張る」という気持ちと行動力こそが、折れないハートを築くのであり、その強い心があるからこそ、人の悲しみを受け止めることができるのだと思う。彼もまた、ようやくそういうことを自分の中に持てるようになってきたのではないかと思うと、2003年以来続く僕らの人間関係、そしてその中で時に叱咤し、特に見放しそうになり、叱咤し叱咤し叱咤してきたこともまったく無駄ではなかったなと思う。
 もちろんこんなところで終わっていたのではまったくダメなのだ。だからこれからももっともっと僕は天空快を叱咤するだろう。高くなれば高くなるほど、その叱咤の勢いは激しさを増すばかりである。だが、その叱咤をする価値がなければ労力さえ惜しいのであり、そういう意味では、より高いところへ昇っていける可能性を僅かながらも感じさせるようになってきたということであり、叱咤と同時により大きな期待を寄せていきたいと思うのである。それはつまり、リスナーの立場から見ても、天空快というアーチストに将来を感じられるような「なにか」が沸き出してきたということなのではないだろうか。


キラキラレコード、大島栄二