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「音楽ってなんなんだろう?」
〜自然体が生み出すナチュラルなポップミュージック〜
BUNNY STYLEとは2006年の10月に出会った。以来いくつかのステップを経過しながら今回のアルバムリリースに至ったわけだが、その間ずっと感じていたことがある。それは、彼(BUNNY
STYLE=高野和彦)が終始自然体だということ。多くのミュージシャンはけっこうアグレッシブである。まあそうでなければなかなか勝ち残っていけないだろうし、音楽業界というのはそういうものでもある。だから、普通の世界にいたら出しゃばりの迷惑野郎とウザがられるような、そんな人たちが蠢いているのが普通だと思っていたから、だから彼の自然体が逆に拍子抜けというか、おいおいそんなに落ち着いていて良いのかよと言いたくなるような、そんな人物だったのである。
人柄は、必ず音楽に現れると思う。でなければ人がやる意味がない。だとすれば、この音楽は自然体な音楽ということになる。
BUNNY STYLEは2004年にベーシストの関川と一緒に高野和彦が結成したバンドユニット。音源制作やライブ活動でかなりの盛上りを見せつつも、メンバーたちの個人的事情による脱退などが相次ぎ、事実上の解散状態に追い込まれる。普通ならそこで終了するのだ。しかし、その状態になったのとキラキラナイトに出演したのがほぼ同じタイミングで、そんな時でさえ彼は普通に前向きに活動を続けたのである。で、どうなるのか。ソロユニットとしての活動を選択し、幅広いミュージシャン仲間たちによるライブサポートなどを受けながら淡々と活動を続けた。もちろんペースは若干落ち着いたものとなる。しかしながら、それが自分のペースであるかのように、彼は自然に音楽を奏でるのだ。
思うのだが、本来は音楽はそうあるはずなのだ。僕はどうしても音楽業界の人として、そして無名のミュージシャンやバンドたちが成功に至るにはかなりの時間を要するということも含めて、喝を入れがちだ。そんなことでどうする、遮二無二頑張らなくてどうすると、叱咤激励しがちだ。もちろんそれが間違っているとは思わない。受験競争に勝とうとするならば、遊びなど忘れて寸暇を惜しみ机に向わなければならないのである。しかし、じゃあ勉強とはそれだけなのかというと、そんなことはない。同時に受験というものが勉強になっているとも思わない。だとすれば、音楽でもメジャーへのチャレンジがイコール音楽ということではないはずである。いや、彼BUNNY
STYLEがメジャーにはなれないと言っているのではない。誤解してもらっては困るのだが、淡々とマイペースで音楽を紡ぐということも、もっともっと許されていいのではないか、同時にそういう音楽活動だからこそ、本物が生まれてくる余地というものが増えてくるのではないか?
今回のリリースに際しても、日常の仕事はきっちりとこなしながら、時間がない中やっとの思いで作業を進めてきた。もちろんスケジュールはあり、締切なんかもあるわけだから、ギリギリの作業の中で苦労した点は多々あったに違いない。しかし会う時はいつも爽やかな笑顔で自然体を崩すことのない、そんな軽やかなミュージシャンのままだった。
そうして出てきた音楽は、やはり力の抜けた自然体の音楽だった。僕が好きな曲は6曲目の「Nothing
but Music」である。アルバムタイトルと同じ(Mとmの違いはあるけれど)この曲は、打ち込みによるリズムに生のギターが載せられた、彼の音楽表現方法の基本でもある。トレモロが適度にかかったバッキングが非常に心地よいサウンドなのだが、同時に、これはさほど主張をしない彼の、音楽というものに対する曲での主張のような気がしてならない。歌詞を見たい人は是非買ってもらいたいのだが、この曲の中で、彼は自分の人生観をもちょっとだけ見せてくれているように思う。それを聴いて、僕は彼の音楽活動は今後も確かに続いていくのだろうと確信した。
ミュージシャンは高みに登ろうと努力をしなければならない。それは応援してくれる人たちに対する義務でもあると思うのだ。しかし、仮に高みに登れたとしても、いずれはそこから落ちてくる。その時に、続けるのか、それとも辞めてしまうのか。それもファンへの義務があるように思う。つまり、応援している人は常にあり続けて欲しいと願うのだ。だから、辞めるなんて選択はファンへの裏切りに等しい。しかし、そう思っていたとしても、音楽表現をする固体というものは永遠性が薄く、どうしても終わりの時を迎えてしまうのだ。それもいとも簡単に。僕はそのことに常に不満をもっていて、上を目指しながらなおかつずっと続けられる方策というものはないものだろうかと腐心している。しかしそれは結局は周囲の人や制度が形を押し付けるようなものではなく、自身の心がそれを支える以外には道はないのかもしれないと思っている。BUNNY
STYLEの自然体というものが、上へ上への上昇思考とは若干スタンスを異にするものの、永遠性への1つの答えになっているのではないかという気がする。
まあ、永遠に続けばいいのかというとそうではないし、続いていくべき価値がその音楽と表現者になければならないのは言うまでもないことだ。その点については最終的にはリスナー1人1人の判断になってしまうわけだが、少なくとも僕個人の判断としては、BUNNY
STYLEにその価値ありということなのである。そうでなければリリースなんてするわけもないし、その時点で皆さんにもオススメのアルバムであり、ミュージシャンなのである。
キラキラレコード、大島栄二
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