アーチスト
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アーチスト:イチコ
品番:KRCL-117 税抜定価:2400円 発売日:2008.5.21
ジャンル:ダークサイドベース

曲目
01.
02.
03.
04.
05.

occhi
再現遊び
ベルは鳴らない
告別式
SN磁石

06.
07.
08.
09.
10.

貫通する弾
睡蓮
心中
水玉
鍛錬

解説

「見たこともない形に託された純粋」
  〜スタイルの自由と精神性〜

 ベース弾き語り。そんな音楽は見たことも聞いたこともない。なぜそんな音楽表現をしているのか。たまたま近くに有ったのがベースギターだったからなのか。最初はそう思った。だが、違う。  彼女はそんな成り行きで動いているミュージシャンではない。かといって奇をてらうような狙いなどはない。このスタイルは彼女の表現においてベストだという選択だったということなのである。  最初にであったのは1通のメールである。キラキラレコードのホームページから送られたメール。キラキラ☆ナイトに出演したいという内容だった。そして出てもらった。ベース弾き語り。正直言って唖然とした。僕らが普段常識という枠の中でしか生きていないんだなということを思い知らされた。それを思わせてくれるだけで、イチコの音楽表現には意味があると思う。だが、それがすべてではない。  彼女の楽曲を聴いてもらえれば判ることだが、彼女の音楽は、音楽であると同時に叫びである。別に絶叫などはしない。彼女の心が叫んでいるのだということが、シンプルなスタイルの音楽から滲み出る。いや、滲み出るなんて言葉では不適切だ。溢れ出る。というか、心そのものがそこにある。多くのミュージシャンが音楽という鎧に守られようとする。自分のカッコいいところだけを露出しようとする。だからそれはパワーにならない。着飾った姿にはウソがある。ウソに人は共鳴しない。それに気付かずに笑顔を振りまくミュージシャンが多い中、イチコの音楽にはそれがない。まったくない。  イチコの音楽は、純粋である。心に生じた言葉をそのままリズムに乗せる。それが適切かどうか、美しいかどうか、良く思われるかどうかなど、普通の人なら立ち止まって考えるような選択などをしない。だからこそ、心そのものが歌になる。  本来表現とはそういうものだ。自分を守ろうとして他人の心を揺さぶるなんてことは出来ない。身を削って心を砕いて露にするから、見る者聴く者は感動を覚えるのだ。イチコの音楽もそうなのだ。だからこれを聴くということは、心の奥の本当のところを垣間みるということでもある。  で、垣間みるイチコの心はどんなモノかというと、これがかなりドロドログログロしたもので、言葉の表面だけを見たのでは決して純粋でもピュアでもない。だが、僕は思うのだ。現代人でドロドロした気持ちを抱えていない者なんていないんじゃないかと。それを内に秘めているだけで、外に出さないから、そういう心を持っている自分が異常なんじゃないかとか思って萎縮してしまう。しかしドロドロしていて良いのだ。問題など無いのだ。問題なのは、それを内に隠してしまうことなのだ。そしてドロドロが発散されること無くどんどん蓄積してしまうのがダメなのだ。それを証明するように、イチコの曲を聴いてしまうと何故だが爽快な気持ちになる。こんな歌を口にしてしまうイチコが可愛くさえ思えてくる。自分には言えないことを言っているイチコを尊敬さえしてしまってしまう。これがイチコの毒であり、同時に魅力なのだと思う。  音の方にも触れておきたい。ベース弾き語りという、まるでコロンブスの卵的な、ありそうで無かったスタイルでの音だが、一般的に見たら、物足りなさを感じるかもしれない。なにしろ、リズム楽器なのだ。旋律に安定をもたらすのがその役割なのだ。そこに旋律の楽器が無ければ、安定することさえ判らないとしても不思議ではない。本当は、メロディアスな曲なのだ。僕としてはギターとドラムを入れてみたいなとか思ったりもする。キーボードも入れてドラマチックなアレンジにしていくことも大いにアリだと思う。だが、それはイチコではなくなることでもあるだろうとも思うのだ。見栄えを優先させて神髄を薄くする。それはイチコではない。ベースだけという不思議なスタイルによって彼女の支持層が狭まってしまったとしても、それは致し方ないのかもしれない。例えそうだとしても、インディーズレーベルの人間としてはこの個性を守るために助力出来ればと思ってるし、それが役割なのだろうと思っている。それに、このスタイルでも、僕の心には十二分に届く音楽だったわけで、見た目の奇異さを乗り越えてイチコの音楽が多くの人たちにも届く音であるのだと信じたいし、その力は十分にある音楽なのである。


キラキラレコード、大島栄二