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NO.3





アーチスト:国立少年
品番:
KRDL-33
税抜定価:
1200円
発売日:
2009/10/21
ジャンル:ロック

曲目
01.
02.
03.
NO.3
蓮華
失われる物語

 


解説
「熱い言葉は単純の中に」
  〜デモと仕上がりの激しいギャップ〜

 国立少年のことをどう評価すべきなのだろうか。聴く人によってそれは真っ二つに分かれるのだろうと思う。

 だから僕の最初の評価を言おう。バカなデモが来たなと思った。デモを送ってもらう際、まあ体裁などはどうでもいいと思う。だが管理上の都合というものがある。情報として押さえるべきところはきちんと書いてほしいし、そういう印象というものは無意識のうちに聞き手の感情に影響する。レーベルとしてこのフォーマットで書いてきてほしいというものを公開している。それに書いてくれればこちらも楽になる。だが、国立少年のデモはとにかくルール無視だった。イラストは書いてあるし、サインペンで手書きのプロフィール、というか資料、というか、手紙だった。とにかく印象に残った。誤解されたくないのだが、フォーマット無視のデモは時折送られてくる。そのほとんどは嫌悪の情が湧く。なんだよ自分勝手だなあと思う。自己中心的な匂いが漂ってくる。だが、国立少年の「手紙」は、なんか面白かった。バカなデモが来たなあと思った。それは微笑ましい種類のバカさ加減だったのだ。

 天才となんとかは紙一重という。音楽も同じだ。自己中心的なだけの音と、真にオリジナルな音楽は多分似ているのだと思う。もちろんそれを受け入れる側のハードルというのも様々で、だからある人には天才でも、ある人には○○○イに聴こえる。実際のデモは粗々しいことこの上なしだった。スタジオで録音したものでなく、ライブの同録でもない、おそらく、スタジオの練習の時にマイク1本でセーので録ったような音源で、正直ボーカルもちゃんと聴こえていなかった。手紙レベルの資料と、ボーカルが聴こえないデモ。社会のまともなルールを尊重することを是とする人に、この音は届かないと思う。

 だが、幸か不幸か、僕にはこれはイイと感じられたのだ。キラキラレコードの信念は、キレイではなく魂の実在だ。きれいな音を作るのは誰でも出来る。数十年前のモノラル録音だってクリアにリマスター出来る時代だ。だがそれは誰かにやらせておけばいい。僕のやるべきことは、誰も見向きもしない泥だらけの原石を見抜くことである。だから、国立少年のデモを聴いてワクワクした。いいのだ。何がいいのかを言葉にするのは難しい。だから、メールで送る感想にも「なんかイイ」という、説明にも理屈にもならない言葉を羅列した。それが正直なところだったのだから仕方が無い。表面的な仕様では真っ先に落選してもおかしくなかったのだけれど、それが何故か引っかかった。心のどこかでこれを落としてはいけないという言葉が激しく鳴っていたのである。

 それで、僕は彼らのCDをリリースすることにした。泥だらけだけれど可能性がある音が、実際にちゃんと録音した時、単なるメッキでしかなかったということだってある。いや、僕の仕事はそんな落胆の連続だ。だからそうなったとしても凹んだりはしない。だが、だからこそ、本当にいい音にバケた時は喜びに溢れるのである。

 国立少年の音は、とにかく良かった。ボーカルのサオリが持っている本来のワイルドさと、彼女を支える龍とクナの緻密なサウンド構築が組み合わさって、その絶妙なバランスが生まれている。これはデモの段階には考えられなかったことだ。サウンドが緻密になることでワイルドさが失われることは多い。その逆も然りだ。だからそのバランスが実は難しいのだが、ここではそれがガッチリと組み合った。荒馬を名手が手綱を引いて乗りこなす、そんなイメージが近いかもしれない。あるいは、普通に人には操縦出来ないF1マシンを超一流のドライバーが操って全性能を引き出すような、そんな感じだろうか。いや、それは現時点の彼らには言い過ぎだろう。彼らもまだ手探りの状態が続いている。どこがもっともいいバランスなのか、試行錯誤をしている段階である。だがその試行錯誤の段階でリスナーを失望させてしまうミュージシャンが多いのに対して、国立少年が完成させた音は、ある種の興奮にも似た感動を生み出すのに成功している。正直言って、ここまでの仕上がりになるとは想像していなかった。泥だらけではぐれもののデモに向きあって良かったなと思った。それを新たなリスナーにも共感してもらえるのだろうか。そこは少々不安があるものの、絶対の自信を持って届けられる1枚が出来上がったと思うのである。

キラキラレコード、大島栄二