2003年11月

11月26日
                
 仙台行きの疲れからか、午前中を出社せずにテレビの国会中継を見ていた。野党はイラク問題を追求して、小泉首相はまだ決定していないんだということをかなりのらりくらり的に応えていた。もちろん国内には多くの意見があるから、のらりくらり的に応えなければいけない事情というものもあるのだろう。僕のような何の責任もない立場でものを言うのとは訳が違うというのも十分に理解しているつもりだ。しかし、それでもなお、国のリーダーにはリスクを負って敢えて発言しなければいけない局面もあると思う。
 そもそも、イラク問題で自衛隊を派遣するという時に、何が問題となってくるのか。大きなところでいえば憲法問題だ。自衛隊は軍隊ではないというかなり強引な運用でいっていることのツケがここにも現れていると思うが、本来、実質的な軍隊である自衛隊が自衛の目的以外に活動して良いのかということが問題になるべきなのだ。その場合の活動というのは自衛以外の武力行使ということであり、武力を伴わない援助活動ならばオーケーだということで、そういう形での派遣をすることによって、国際社会(この場合は主にアメリカ)からの要請に応えていきたいのだが、やはりつい最近まで戦闘が行われ、国土全域でテロが止まらないイラクに行く場合には相応のリスクを伴うわけで、攻撃を受けそうになった場合に逃げるだけしか許されないという条件で自衛隊員を派遣しなければいけないことになってしまう。つまり、憲法というものを都合のいい解釈で運用してきた結果、自衛隊員の命というリスクを覚悟しなければいけないということになってしまっているのだ。じゃあ憲法そのものを改めればいいじゃないかということなのだが、実際問題憲法を改正するには国民のコンセンサスが得られていたとしても作業に相当の時間がかかるだろうし、そんなことをやっていたのではいつ派遣出来るようになるのかわからないということになってしまう。だから今は不本意ながらも解釈の拡大でこの場をしのごうとしているに過ぎない。だから、言いたいことも言えなくなってしまう。のらりくらりと応える日本の首相の姿が現れてしまうのだ。
 これには野党の側にも問題がある。政権を追求するというのは、数で負けている以上世論の支持に頼らざるを得ない。だから、本質論ではなく、「隊員が死んだらどうするんだ」という論点で追求することになる。その方がわかりやすいし、現状としてはそうなる確率が高くて、その場合は政府を追及しやすくなるからだ。しかしそんなことで良いのかと思うし、そんな安易な追求の仕方でリードされてしまう程国民はバカなのかと不安にもなってくる。
 僕はこう思うのだ。憲法9条の精神というのはガンジーの非暴力不服従に極めて近くて、そこには死をも恐れぬ覚悟が必要な崇高な心持ちなのだと。自衛のための武力行使は認められているものの、戦争に行ったら自衛隊員であれ国民が死ぬから、それが恐いから武力を放棄するという逃げの精神では決してないはずなのだ。
 今回のイラク問題では、日本も地球の中の一員であるということを思わざるを得ない。地球をひとつの学校のクラスだと仮定することも出来る。そのとき、日本はクラスの一人の生徒である。現在の日本の小学校や中学校では集団的ないじめが横行している。それはある日ある瞬間からクラスの全員から無視されるというような極めて陰湿なものだ。そういう状況に遭遇した時、昨日まで友達として一緒に登下校していたクラスメイトが、可哀想だと思いながらも集団の意志に逆らっていじめを受けている仲間に話しかけることが出来なくなるという。何故か? 恐いからだ。自分も同じようにいじめられたくない。だから友達がいじめられているにもかかわらず助けの手を差し伸べられない。しかし、自分さえ被害に遭わなければ他人はどうなってもいいのか。そこで声を上げられるようなモラルが無く、いじめの実態を大人も把握せず、そういう学校生活を送った子供たちも政治の実態をやがて見るだろう。自分たちより上の世代が何を問題として考えていたのかということを見聞きする中で、確実にその影響を受けるはずである。そうやって成長していった日本人たちは、政治をモラルをどのように感じるのだろうか。
 地球というクラスの中で、いじめっ子の中心は誰なんだろうか。アメリカか? 現状ではそう思う人も多いだろうし、深く追求していったらそれが正しいのかもしれない。しかし、僕が思うに、今の状況でのいじめっ子はテロリストなのだ。我々が世界を旅したりするのに不安を感じるのはアメリカの存在が理由ではなく、テロがどこで起きるかも判らないからなのだ。そうして考えた場合、いじめられっ子はイラクの国民であり、テロの犠牲者でありその家族である。アメリカの行為にはいろいろな背景があるから一概に肯定も否定も出来ないが、そのアメリカが自衛隊の派遣を希望している。アメリカの言うなりになる必要はまったくないけれど、もしアメリカからそのことを期待されていなかったとしても、日本がイラクに行くことは大切なことだと思う。それは阪神大震災の時に各国から救援隊が来てくれたのが有難かったのと同じようなレベルで、それが地球というクラスに所属する国家としての自然な行為だと思う。だが、行ったらテロリストに狙われるぞ、危険だからピストルの一丁も持っていったら憲法問題に発展するぞという論議に揺らされる結果、現状維持で何もしなければそのうちにイラク問題も終わるだろうと目を閉じ耳を覆う、日本の政治得意の先送りという選択が行われる。それで本当にいいのか? 何可変かを起こそうとすると、確かに波風は立つだろう。小泉首相も数十年掛けて築いた今の地位を失うことになるかもしれない。だが、だからといって先送りに拡大解釈によるごまかしをいつまでも続けていっていいのか? 50年後、現在62歳の小泉純一郎はおそらくこの世にいないだろう。その時にこの国を率いているのはいったい誰なのか? その日もリーダーが62歳だとすれば、それは現在いじめの真っ只中にいる小学校6年生か中学校1年生だ。否応なく、僕らはこの国を彼らに任せなければならない。なぜなら僕らは順々に死んでいくからだ。死んだ後の日本がどうなろうと構わないというのであればもはや何も言う必要すらないだろう。だが、僕らはこの国生きている先達としてやはり何かを残す義務がある。なにもかもを残すことは無理だとしても、少なくともモラルと誇りとプライドくらいは伝えていく必要があるのではないか。この国にはそういうことをきちんと語るリーダーがいないということが最大の不幸なのだろうと思う。そのことを政治家に期待することはもはや不可能なのだろうか。
 自衛隊に勤める人たちだって、当然不安はあるだろう。自分の部隊が派遣されると知ったら除隊する人だっているだろう。だが、全員がそうであるはずがない。基本的には一般国民の平均よりも、彼らの意識は崇高であると思うし、プライドも誇りも覚悟もあるのだと期待したい。その彼らが、もしかすると殉職することになるかもしれない。だが、そのことを、さほどの覚悟もない政治家やジャーナリストに、政敵を攻撃する口実や視聴率や原稿料のネタなどにして欲しくないなと、国会中継を眺めながら考えた。そして小泉首相よもっとガッツを持って国民にモラルを語れと、菅直人よ国内の政争という小さなことに振り回されることなく、プライドを持った胸を張れる国家の未来を論点にしてくれと、思った。

 夕方、年齢差はあるものの友人として接してきた人がカフェにやってくる。彼は人生の試練を乗り越え、ある意味精神的には絶頂期にあるといっていい。しかしそこに油断があったのか、それとも元々抜けているのか、僕や僕の親友に対して最近不義理なことをした。年齢差による立場の違いはあるものの僕らは対等に接してきたつもりだし、今後彼は社会的には出世というレールの上を登っていくだろうが、そうなったとしても上だとか下だとかといった考え方によって付き合いが変わるわけはない。だが、不義理な行為によって軽視されてしまえば、もはや対等な付き合いは継続していけなくなってしまうし、今回は残念ながらそうなってしまった。打算的に考えれば、表面的に付き合いを継続していった方が僕らに利益はあるのかもしれない。しかしそんな表面的な付き合いをする時間もなければ、磨り減らない程の無神経な心も持ち合わせていない。そこで、彼の行為によって僕らがどのように感じたのかを正直に伝え、今ならその不義理を補う方法もあるよということを示した。その方法は彼にとっては多少の苦痛を伴うものかもしれない。だが僕らとの関係を重要だと考えてくれるのであれば苦痛でも何でもないといえる程度のことだし、それさえ実行出来ないようであれば、残念だが、彼にとっての僕らの存在というのはその程度でしかなかったのだと判断せざるを得ないのだろう。
11月25日
                
 朝6時40分に車に乗って一路仙台へ向かう。ツアー中のオレプラのライブを観るためだ。というか、久々に仙台の牛タンを食べるのが目的だといっても良いかもしれない。今回の仙台行きはオレプラには内緒にしていたので、途中のサービスエリアや仙台市内でオレプラに見つからないようにと冷や冷やしていたのだが、それでも有名牛タン屋に向かう。そこは外せない。なのに、有名店のお昼だというのに行列の姿が見えず、もしやと不安を感じながら近づくと、火曜日定休。その後にこれまた仙台名物ずんだ餅を食べに雰囲気のいい喫茶店に行くが、そこも今日明日お休みだった。結局牛タンもずんだ餅も知らないお店に立ち寄り、キラキラスタッフの近田&曽根の2人は十分に納得している感じだったものの、僕個人としてはちょっと、というよりかなり不本意な仙台での食だった。
11月22日
                
 カフェライブの後にラストサムライを観に行く。トムクルーズが1本の映画で3度来日したというやつだ。このあいだある人と話をしていたときに「外人が日本語を話すのは苦手だからきっと観ない」という話になった。僕はそういうことを気にしない。だからキルビルも観たし、オースティンパワーズデラックスも観た。それらと比べるとずいぶん日本映画だった。それはちゃんとしているという意味で。もちろん世界観が違うからどれが良いなんてことは一概には言えないのだろうけれど、毛嫌いさえしなければ、ハリウッド映画とはあまり思えない、東映的な、好感の持てる作品だった。
11月20日
                
 あるバンドとミーティング。音についての考え方の相違から少々揉めていた相手だった。スタッフに任せているうちになんか揉めてしまって、仕方なく僕も参加することに。詳しいことは敢えて記さないが、彼らの言い分も解らないわけではない。しかし彼らの言い分だけがすべて正しいということでもなくて、むしろ僕の解釈はまったく違っていたのだった。こういうときは結構解決が難しい。というのも、解決方法は二つの基準によって考えられるべきだからだ。一つは、音楽を志す者同士として、お互いの希望とか、出来ることと出来ないことを純粋に見つめることによって得られる解決策を探るという方法。その観点からすると、短期的に見た場合には損をするような答えが出るかもしれない。実際キラキラは多くの損害を被りながらも、それによって音楽に対するチャレンジが成立する場合、敢えてチャレンジを行ってきた。その殆どは失敗だったかもしれない。しかしそのチャレンジをしたことに対して後悔などしていない。もう一つは、音楽的視点では歩み寄りが出来ない場合、つまりお互いの接点が見出せない場合なのだが、そのときは第三者によって判断してもらうしかないのだ。その場合はこちらの当初の主張をするしかないし、相手も彼らの独自の主張をするべきなのだろう。それはお互いに自分に都合のいい主張にならざるを得ず、結果的に非常に醜い争いになってしまう。
 この日のミーティングでは、結局最終的な結論は出さなかった。論点を整理して、考えられる選択肢を3つに絞った。その中から彼らが一つの選択をすることになるのだろう。その3つのうちの1つは第三者による判断を仰ぐという醜い争いだ。そうなってしまえば敢然と対処せざるを得ないが、出来ることならそうならないことを希望したい。
11月16日
                
 キラキラ☆ナイトが四谷フォーバレーで開催。スタートする約4時間前に、フォーバレーの前を高橋尚子が2位で通過。僕はその様子をテレビで見ていた。
 あんなこともあるんだなと、ちょっとビックリした。今の高橋尚子に対する期待は幻のモスクワオリンピックの時の瀬古に対する期待と同じようなもので、選考会が3つあってその中で総合的に判断すると言ってはいるものの、単純に他のポッと出のランナーと比較しても良いのだろうかというような、そんな思いが国民の感情として在るに違いない。それは例えばスランプだからといってかつての長島、最近なら巨人時代の松井を4番から外すということに似ていて、単純な記録とか結果ではどうしても割り切れない、それが信頼というものなのだ。
 トラブルの予感はいくつもある。例えば、このまま高橋尚子が大阪も名古屋も走らず、それでもなお代表に選ばれた場合。シドニーの時の市橋が平凡なタイムで選ばれていて広山が苦汁を飲んだ時の騒動があるから、なぜまたそうなるんだという問題は必ず起きる。しかも今回も広山は残りの選考レースに出るということだから、それでまた広山が4番手として選に漏れたら、たとえ高橋がアテネでメダルを取っても問題は解決しないだろう。一方、高橋尚子がオリンピック代表から漏れて、選ばれた3人がアテネで惨敗した場合。このときも後から問題は噴出すること間違いない。そもそも世界陸上で代表になった野口みずきだって2位じゃないかという話には絶対なるだろう。どうころんでもスッキリはしない。
 そもそも3人の枠を4つのレースで争うということが不自然だったというべきなのだろう。この東京では代表は決まらず、大阪と名古屋の2つでの日本人1位が代表だというくらいの話でも良いのかもしれない。そうすればスッキリするし、だいたい去年高橋尚子は2週連続でマラソンに出場するといっていたくらいなのだから、来年1月だろうと3月だろうと、走れないわけはないだろうし、2回チャンスがあるということはそれだけ恵まれているのだ。
11月9日
                
 選挙だ。おそろしく曖昧な結論に驚く。自民が勝ったのか民主が勝ったのか、おそらくそのどちらでもないということなのだろう。
 朝、というより前日の夜中と言うべきなのだろうが、夜の2時からマトリックスレボリューションを観る。内容もそれほど全世界的規模で騒がれる程のものではない。やはり1作目のインパクトの大きさが今に至るまで続いているということなのだろう。内容としては、詳しいことはいわないにしても、キアヌリーブス演じるネオが、ザイオンという人間社会の最後の救世主として戦いを挑むというもの。理屈ではよく判らない戦いの結果、救世主としての役割を果たす。つまり、危機的状況にあった社会が救われるのだ。
 映画館からの帰り、冬だからまだ白々ともしてこない暗闇の中で、僕は車を走らせ、横目に国会議事堂を見ながら、もしかすると明日日本という社会は変わるかもしれないのだということをぼんやりと思っていた。歴史の教科書にある出来事の羅列のように区切られた形で世界が変わるものではないということをこの歳になってようやく判ってきたのだが、しかし、選挙というものは結構ドラスティックに世界を変える作用を持っている。55年体制を維持させる原因となってきた中選挙区制度はすでにない。しかも自民党に代わるもうひとつの局としての体制作りをしなければという切迫した危機感をようやく野党が持つようになってきた。だからこそ、変わるチャンスはあったのだ。
 しかし、事実はそうならなかった。民主党のていたらくったらない。しかも笑ってしまうのは、比例代表では自民を超えていたとほぼすべての評論家が口をそろえていたことだ。だって、比例代表があるから2大政党制にはなりにくいとさんざん言ってきた連中なのだ、評論家たちは。そこで民主党が勝ったからといって、小選挙区で負けているようであれば、政権交代なんて全くナンセンスになってくる。しかも、自民の候補者は「小選挙区には私の名前を、比例代表では公明党と書いてください」なんてことを平気でさけんでいたのだから。もちろん支持者もそう簡単に公明党と書いたわけではないだろうが、戦術としてのこの割り切り方。民主党はまだまだ見習わなければいけないなという気がした。
 で、面白かったのは静岡での保守新党党首熊谷宏の落選だ。ここには連立を組んでいる政党の代表でありながらも、自民党森派の息のかかった無所属候補が出馬して、熊谷宏を苦しめた。思えば約10年前、細川連立内閣の通産大臣をやっていた熊谷宏は森喜朗に対して政争を挑んだ過去がある。通産省の事務次官棚橋氏を頂点とした通産省ヒエラルキーの本当の頂点は熊谷の前に通産大臣をやっていた森喜朗だった。この棚橋の息子に対する、慣例だったとはいえ優遇人事を行った幹部を処分しようとしてかなりの問題に発展した一件があったのだが、このことを森喜朗は忘れてはいなかったのだろう。忘れていたのは熊谷だ。小泉の後ろには森喜朗がいるということ、そのことも忘れて小泉と手を組むために民主党から保守新党の党首として与党に鞍替えした熊谷には、その時点で政治生命が終わっていたのかもしれない。
 その他、山崎拓が負けたとか、土井たか子が負けたとか、いろいろと面白いことが起こった選挙だったが、本当に面白いことは全く起こらなかった。それが残念といえば残念なことだった。
11月8日
                
 膨大なビデオをHDDビデオレコーダーを使ってDVD化しようとしている僕だが、今日未明にダビングした中に、1993年のニュース番組があった。ニュース番組が保存されているからには何か大事だと思ったことがそこにはあるはずだと早送りをしていたら自民党を飛び出して新生党を立ち上げた小沢一郎が出演していた。ニュースキャスターは驚くほど若かったが、小沢一郎は現在と然程変わっていなかった。いや、現在のニュースキャスターが驚くほど老けて、小沢一郎が当時とあまり変わっていないというべきか。思えば小沢一郎の容姿というのは典型的なオッサン顔だから、元々老けていたというべきなのだろう。当時の話を聞きなおすと、当時から書生臭い持論を淡々と述べていた。当時、自民党を牛耳るほどの豪腕と言われていた小沢だが、実は言っていることは基本的に書生臭い、青臭い理想論なのだ。その理想論を実現させようとする手法を批判する人は多いが、青臭いが故に根回しに柔軟さが欠けていて、それが結果的に猪突猛進、なにふり構わないという印象につながっているのではないかと、僕は思っている。
 さて、そんなビデオを見てから、本棚の奥に眠っていた10年前の著書、「日本改造計画」を引っ張り出した。当然、時間的にさわりを斜め読みするくらいのことしか出来ないのだが、その中で2つ、今更ながらの発見をした。最初の発見は、小沢の目指す改革は何かということ。それは冒頭に書いてあった。彼がアメリカのグランドキャニオンに行った時のエピソードである。彼がまず驚いたのは、その勇壮な景観ではなく、そこに柵も注意の看板も無いということだったのである。そしてその柵も無い断崖で、若者達は楽しそうにしている。もしここが日本だったら、いたるところに柵が巡らされ、そこここに危険を訴える看板が設置され、監視員が見回っているだろうと思ったそうだ。つまり、アメリカ人は個々の安全を個々人自身が責任を持っていて、日本人は役所に規制をされることによって安全を獲得しているということを、グランドキャニオンで感じたのだという。そう、政権交代をすべきかどうかということを論じる場合、本来はそういう部分を主張するべきなのである。しかし、どうしても個々の政策、今回の場合年金はどうするかとか、道路はどうするのかとか、そういう具体的でありながらも全体への視点を失わせてしまうような、大きな問題ではあるけれども矮小化した、そういう部分での論争になってしまっていて、それがなんとも残念だなと思うのだ。
 もうひとつ。それは小沢一郎が自民党の幹事長になったのは47歳の時だったということ。今小泉首相は政見放送の中で安倍幹事長と並んで、「安倍くんのような若い幹事長を抜擢したということでも自民党は変わったんだということを理解してもらえるだろう」と満面に笑みを湛えて喋っているが、安倍幹事長は49歳だ。小沢一郎が幹事長になったのはそれよりも2歳も若いときのことだったのだ。無論当選回数は全然違っている。しかしそれはそれぞれの親が何歳で亡くなったかということであって、結局自民党は安倍幹事長のことを革命的な人事だと自我自賛しているけれども、それは過去のことを忘れてしまっているかのような、そして国民だって忘れているんだとタカを括った結果の言動であり、自民党は何も変わってはいないのだと、僕は思ったりした。
 まあもっとも、明治維新の頃のリーダー達は20代の人がかなり多かったんだから、本当に任せられれば、そして本人に自覚があれば、もっと若かったとしてもやるべきことは十分にやれるんだろうと思う。
11月7日
                
 バンドがやって来てミーティング。よくある僕の日常だ。バンド内に温度差があるという話になり、それをどう克服するかということについて、ちょっと話をしたりした。僕もいろいろ考えたのだが、じゃあ温度差を克服するというのはどういうことなのかという、根源的な問題を考えた時、僕は思ったのだ。温度差って、人間同士が別の人格を持っている限り、バンド内の温度差がまったく無くなるなんてことは有り得ないのではないかと。
 それは今日来たバンドだけの問題ではなくて、どんなバンドも抱えている悩みだったりする。どういう状態を目指すのかとか、音楽に賭ける情熱の差とか、チケットを沢山売るヤツとまったく売れないヤツの差とか、どんな音楽が好きだとか、挙げていけばきりがない。そういう自分と違う部分を気に入らないということになれば、しょせん一緒にはやっていけないのだ。だからといって解散して、もうバンドを維持することには疲れたといって打ち込みでの音楽活動に専念するミュージシャンも多い。僕はそれはそれでいいと思うし、打ち込みを否定するつもりはまったくないけれど、バンドにはバンドにしかないものがあるということも事実だし、そしてそのバンド性としての魅力がなによりも大きいというバンドだって一杯いる。例えば、解散したミッシェルがチバユウスケによる打ち込みだったとしたら、人々はあれほど熱狂できたのだろうか。
 だとすれば、そのバンドとしての魅力を維持するためにはやはりバンド自体を維持する努力が必要になってくる。それを努力と感じる人には大変な努力かもしれない。なぜなら違う人だったら必ず違う部分があるのだから。だが、その努力はする価値のある努力である。バンドの音楽性が高ければ高いほど、その価値は大きい。で、その努力をするための方法を僕は考えた。それは、違いを認めることである。基本的に違うと思うことが障害になる場合、自分より劣るものへの苛立ちと、自分に無い、もしくは優れているものへの嫉妬の2つである。嫉妬は努力目標に変えればいい。時にはあまりの差に絶望することがあるが、その時はいっそ諦めればいい。自分の方が出来ることだってあるわけだし、それを伸ばしていって、他のメンバーがより良く出来ることであればそちらに任せた方がいい場合だってある。自分に出来ることを精一杯やって、それが自他共に認められるほどの貢献であれば、それでいいのだ。
  厄介なのは苛立ちの方だ。これは、一見苛立ちの原因は他者にあるように思われるが、実は最大の原因は自分の心の中にある。他者が自分の希望のパフォーマンスをしないからイライラする。つまり、自分が満足できない理由を他者の中に見つけようという心理なのだ。でも、犬が人間の言葉を喋らないからといってイライラするのは正しいか? 赤ん坊が泣き止まないからヒステリーを起こすのは正しいか? 現実にはそういう親もいるらしくて社会問題になったりしているが、やはりそれは間違いだ。もちろん努力をして欲しいと期待することは問題ではないが、他者の努力によって自分の状況が好転することを期待するべきではないのだ。
 自分が優位にあって、他者の欠点にフラストレーションを感じるのは、基本的にはイーブンであろうとする感覚によるものだ。しかしそれも何を持ってイーブンであるかということをどう定義するかによって変えることの出来る感覚だと思う。アイツがこのくらいだから、自分もこのくらいで良いんじゃないかという、自分を低い方に合わせることによって公平感を得ようとする、ある種のマイナス思考に基づく場合、思考がネガティブである分、結果状況もどんどんネガティブの方向に向かって行く。相手も別のポイントで同じようにネガティブになっていく。そうすると本来両者が持っている優れた特質のポイントが全て相手の劣ったレベルに合わせられることになり、前向きなものはまったく止まってしまう。これに対して、相手のいい部分に視点を合わせていく感覚を保持できれば、相手のいいところを見習おう、そしてそれに向かって努力しよう、それがダメなら自分のいいところを発揮して、同じように貢献しようという、ポジティブな思考になっていく。お互いが相手のいい部分を見るようにすることが出来れば、ポジティブシンキングというのは尊敬と自省の心理、つまりはいい意味でのプライドによって伝播するし、状況はどんどん好転に向かって行く。
 まあ、言うは安く、行なうは難しという言葉がよく当てはまる典型的なことなんだけどね。判っちゃいるがなかなか出来ないことだし、斯く言う僕も、そんなことが出来るような人格者になれるにはあとどのくらいの失敗を重ねることが必要なのだろうかと思ったりする。
11月6日
                
 日本は台湾に大勝して、アテネ行きの切符をほぼ手中にした。それにしても今回の日本のユニフォームはダサダサだなとつくづく思う。これだからサッカーとの比較なんてされてしまうんじゃないかなという思いで一杯だ。戦っている中では中国のユニフォームが一番いい。まあそれもましだなという程度なのだが。
 そんな中で、ほとんど裏番組になってしまっているバレーのワールドカップ。この日本のユニフォームに使われている文字がとてもユニークで気になっている。なんかヘビメタのバンドロゴによく使われるような、悪魔的なイメージの文字だ。思い切ったことをしたもんだと感心する。まあ、それほどの冒険を出来るというのは国民的な注目を浴びていない証拠なのだろう。だから出来るのだ。そういう意味では、なんの冒険も出来ていない長嶋ジャパンのユニフォームには、それだけ注目が集まっていて、決める人にもチャレンジなど許されない状況があったのだということの裏返しなのかもしれない。
11月5日
                
 マトリックスの変則公開があるということで、新宿に行こうかと思っていたら、気がついたら9時半。今から行っても激しい行列に割り込むことも出来ないだろうということで見にいくこと自体をキャンセル。しかし、あとからニュースで見たけど、なんかかつての噴水広場が仕切られていて大変なことになっていたみたいで、それだけでも見に行くべきだったかなという気もした。それにしても、あの空間を一時的にも仕切って占有していた訳だけれども、あそこの権利は一体誰が持っていたんだろう。誰かが持っているから独占的に一時的に貸し出すことが出来たわけで、それを割り出して交渉しに行った代理店もエライなと思った。

11月3日
                
 早稲田祭というのは本当に人が来るんだな。カフェ当番の今日は朝からずっとコーヒーをいれたり皿を洗ったりで約11時間が過ぎていった。閑な時はノートパソコンを使って仕事をしたりしながら過ごすのだが、それも全く出来ずで、嬉しい悲鳴だ。
 ダイエーの小久保が巨人に無償トレードという、これはさすがの僕も当惑するニュースだ。FAを宣言した選手を取りにいくのは、その選手が公然と移籍を希望しているということを宣言しているのだから、いくらお金を積んだとしても、それが球団としての力の一端だと理解する。新庄のように行く先を失っている選手を獲得競争するのもいいだろう。トレードにしても、普通は交換要員か金銭を伴うもので、それによってダイエーは新たな選手補強をする、もしくはするための資源を得るのだ。しかし、巨人は今回の無償トレードによってサードのレギュラーを確定させられるばかりか、それによって宙に浮いた江藤を交換要員となり、投手陣の補強を有利に進めることが出来るようになる。巨人ファンとしてはラッキーという他ないのだが、しかしそのラッキーの影では球界のパワーバランスが、これまでにも増して崩れていくという、そういう不安も心をよぎるのだ。
 それにしても、ダイエーは商売が下手だというしかない。中内オーナーは基本的にボンボンだし、今はダイエー本体の経営とは一線を画しているが、万事こんな調子でやっていたとしたら、ダイエーの経営が破綻に向かって突き進んでいたこともうなずけるというものだ。読売新聞がちゃんとしているのは、渡辺オーナーの不遜傲慢な態度と無関係ではないのだろうし、世の中の正論や人の情に流されるだけではダメだという良い見本が今回のトレードだったのかもしれない。

11月2日
                
 昼過ぎまで洗濯とか掃除をやっていると、テレビで野球の早慶戦が放送されていた。なんでも球団史上初の10戦全勝の完全優勝ということだった。それなら優勝のパレードがあるなということで、5時過ぎにカフェにいく。すると、まだパレードは来てないということだったが、早稲田祭が行なわれていることからか、ずっと忙しくて、日曜日の売上げとしてという枕詞を外しても、記録的な売上げを叩き出していた。明日は僕が担当することになっているから、この勢いで明日も売れてくれるかなという期待と、そうなったらずいぶんと忙しいだろうなという嬉しい不安とが入り交じった。で、ようやく7時半くらいにパレードがやってきたのだけれども、その頃にはまたひと盛り上がりが起こっていて、皿を洗ったりするのでてんやわんやになって、肝心のパレードの前半は見れずじまいだった。
 この好調な売上げは、もちろん早稲田祭での人手の多さが大きな要因だが、それに加えて昨日のうちに取りつけたカレーとパスタのポスターが効いたんじゃないかなという、僕なりの密かな手応えもあったりして、こっそりほくそえんだりしたのである。


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